社会文化会館

千代田区

国会議事堂や政党本部なんかが立ち並ぶ日本の政治の中枢、東京永田町。その片隅にそびえていた三宅坂の「社会文化会館」。昭和39(1964)年の東京五輪開催を前にした国道246号の拡幅工事のための立ち退きに伴い、代替地として用意されたこの土地に建設された地上7階建て地下1階建ての旧日本社会党(後の社会民主党)の本部である。かつて世界が資本主義と社会主義の東西陣営に分かれて競い合っていた頃も、自民党と共に二大政党の片翼を担っていた頃も、おたかさんブームとやらも、今や完全なるノスタルジー。2013年1月に老朽化による解体工事の為に入居していた社民党が浅沼稲次郎像と共に立ち退き、その歴史に幕を閉じた。

今や衆参両院でたったの5議席となった社民党、建物も一部はドラマロケに貸し出したりしていたようだが、改修費用も捻出できず、社会文化会館の閉鎖直前にはビル内の大部分が消灯されたままで、準廃墟状態になっていたという。現在は建物の解体が完了し、ただの空き地になっている。

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