下関・まるは通り

下関市

下関駅前の竹崎町に「まるは通り」と呼ばれる通りが残っている。マルハと言えば旧大洋漁業株式会社(林兼商店)の事で、現在は合併によりマルハニチロと社名を改めているが、元はと言えばこの土地に本社があり、日本の水産業を代表する一企業の歴史が記された場所になっている。明治37(1904)年から下関港で遠洋漁業や捕鯨などで財を成してきた会社だが、後に本社は関東に移転、長らく本社ビルもあったが2009年末に老朽化を理由に解体され、今では本社跡地と書かれた記念碑が残るのみとなっている。

で、この「まるは通り」は山口県でも唯一の特殊なお風呂屋さん営業許可地域となっていて、小規模ながらその手の店舗が密集するアレな地区にもなっているのだ。西日本屈指の漁港として栄えただけあってか遊郭の数が滅法多いお土地柄なのだが、この竹崎町も元は遊郭が存在していた場所になり、吉原や堀之内同様歴史は繰り返される訳なのである。

こんな場所に「大阪屋」という年季の入った激渋な大衆食堂があり、ここはかの松田優作(下関出身)が通い詰めてはちゃんぽんを啜っていたというエピソードがある。既に港町としての活気も乏しく、場所柄もあって往来する人の姿もまばらな界隈だ。

下関市 下関

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