永遠の「海無し県」として先祖代々コンプレックスを引きずっているらしい埼玉県民がどれだけ海産物を好んで食らうか、その生々しい事情が垣間見えるのが、県内でもより内陸部に位置する熊谷市でもとりわけ高い知名度を誇る「秀萬」という居酒屋である。「熊谷の海の家」とも呼ばれているらしい、熊谷市民ならその存在を知らない人は居ないとまで言われる程の店だが、その店構えのあまりの野暮ったさから事情を知らない余所者には入りづらい程の雰囲気を放っている。
厨房が間近に見える裏口のような入口から入り勝手に空いた席に陣取るのがローカルルールとなっているが、厨房では現場を仕切る店長の爺さんが鉄板に豪快にハマグリを載せて焼き、調理が終わればホースでそのまま鉄板に放水、その度厨房は大量の湯気を放ち、大女将の婆さんがバイトの中国人にせっつき「早くお客様に出しなさいよ!」と怒る始末。まあなんとも修羅場過ぎるのだが、一階と二階に別れたテーブル席はまるで子供の時に死んだ曽祖父あたりの葬式の後に親戚一同に連れられてやってきた宴会場のよう。
ここでは日本一暑い街・熊谷だけにキンキンに冷やした巨大タラバ蟹を嫌になるまで食うのがベスト。他にも焼きハマグリ、マグロやエビの刺し身、時々サービス品で回ってくる1つ300円のウニなんかを食いながらダラダラ過ごせば良い。たらふく食っても一人2000円台、しかも食後に何故かリンゴとフルーツ缶をプレゼントされてしまう。何とも太っ腹だが、この気前の良さが熊谷市民に愛されている、老舗中の老舗である。