南三陸町防災対策庁舎

本吉郡

2011年3月11日に発生した東日本大震災による大津波で最も甚大な被害を受けたのは宮城県北部から岩手県までの沿岸部に掛けての三陸海岸沿いの街だった。石巻市と気仙沼市の間にある南三陸町も津波の被害で中心市街地である志津川地区が壊滅状態になり、辛うじてコンクリート建築物だけが残っている状態だった。

志津川地区には14メートルの津波が押し寄せ、3階建て高さ12メートルの防災対策庁舎では津波への警戒と避難を呼びかけるアナウンスが津波到来直前まで続けられていたが、中に居た町職員や町民のうち屋上のアンテナにしがみつき難を逃れる事が出来た10名が生存、アナウンスを行っていた女性職員を含めた42名が津波で流され犠牲になり、鉄骨の骨組みだけになった防災対策庁舎の建物は「震災遺構」として保存する動きも見られたが、町長の判断で解体する意向が示されたものの、2014年1月時点では未だに解体工事に着手できていない。

現在の南三陸町は津波で壊滅した海沿いの旧市街地は殆ど手付かずで、町役場や仮設住宅、復興市場などの建物も内陸側に移されている。

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